2017年12月10日日曜日

ナシーム・ニコラス・タレブ『反脆弱性』まとめ その1

難しそうに見える主張でも、結論だけを見てみると至って常識的なことを言っている、ということは良くある。

例えば、ウィトゲンシュタインは「論理的に考えるのは超大事だけど、論理だけじゃダメ。その土台としての感性も大事だよね」だし、ソロスは「先読みをすると、先読みの先読みをされる。結果、先読み合戦が始まるから、本質的に市場は予測できないよね」と言っているだけ。もう1つ思いつくところを挙げれば、効率的市場仮説は「市場は頭が良い人だけの集まりになってしまっていて、付け入る隙がない。もう何をやってもムダ」となる。

『反脆弱性』も上下巻の長い本だけれども、結論だけであれば、簡単にまとめられる。

著者自身は最後の章で、「すべてのものは変動性によって得または損をする。脆さとは、変動性や不確実性によって損をするものである」とまとめている。これを僕の言葉で言い換えると、「長い目で見ると予測できないことも、案外起こる。この予測できないことで吹っ飛ぶようじゃいけない」となる。

「予測できない」というのは、本当だろうか。カジノでの確率の計算は大事だし、天気予報はそこそこ当たるし、飛行機は時間通りに飛んでいて旅行の計画だって立てられる。『反脆弱性』は何が「予測できない」と言っているのだろうか。

著者からすると、「成り立ちからして、確率で制御されているもの(カジノ、テレビゲーム等)」以外の、全てが「予測できない」ものである。だから、現実世界のほとんどが「予測できない」ものとして扱われている。この領域では、確率1%(かそれ以下の稀な出来事)も平気で起こると言っているのだ。

だから(カジノやテレビゲームは例外として)、天気予報では晴れの予報でも雨が降ることもあるし、トランジットで絶対に遅れてはいけない飛行機が遅れることもあるし、完璧な旅行の計画が崩れることだってある。この確率1%でも起こりうる、ということを指して著者は「予測できない」と言っているのだ。

次に「吹っ飛ぶ」とはどういうことだろうか。例えば、晴れという天気予報を信じて傘を持たずに外に出て、そのあと雨に振られると困る。でも、「吹っ飛ぶ」と呼べるほどではない。一方ここで、雨なんかではなく、とんでもない大きな台風が来ていたなら、それは「吹っ飛ぶ」可能性があると言える。雷に打たれでもしたら、間違いなく再起不能で「吹っ飛ぶ」。

自分の勤めている会社が潰れる可能性はないと、(きっと)多くの人が考えている。でも先述の通り、確率1%のことも起こりうる。そしてそれが起こると食い扶持がなくなって、吹っ飛ぶ。調べたわけではないけれど、日本の原発は日本のトップクラスに頭の良い人達が作っていて、自分が生きている間はトラブルが起きるなんて想像すらしていなかった。でも、確率1%以下のことが起きて、いろいろと吹っ飛んだ。

この「確率的に大丈夫だろう」とか「そんなこと起こらないだろう」といった予測の上に胡座をかいて、いざ確率1%のことが起こると再帰不能になるモノ・システム・考え方を、著者は「脆い」と言っている。
#他にも挙げると、例えば陶器のコップも「脆い」。まさか床に落とされることはないだろうとタカをくくって、いざ床に落とされると、そのコップは吹っ飛ぶ。

1つだけ補足。予測できない出来事は、その定義からして予測できないものである。例えば、防波堤を建設するときに、過去最悪の津波の高さを元にして設計をしたとする。ここで見落とされているのは、昔その過去最悪の津波が来たとき、その津波はそれ以前の最悪の津波よりもさらに最悪な津波だったということである。過去最悪は随時、塗り替えられる。だから、過去最悪を元に未来を予測したとしても、その過去最悪を超す最悪が来る可能性はいくらでもある。よって、過去から未来は「予測できない」(特に確率1%について)。

現実世界が予測できないものだとして、脆くならないためには、どうすれば良いのか。単純である。確率1%が起こるかどうかに関わらず、確率1%に備えておけば良い。著者はこの備えを指して、(無料の)オプションをかき集める、と表現している。ここで、オプションとは「対抗策」くらいの意味合いだと思っておけば良い。何が起きても大丈夫なように備えておく、冗長化を施しておく、という言い方でも良いかもしれない。

人間には目が2つ、耳が2つ、腕が2つ、足が2つ、肺が2つ、腎臓が2つ、ついでに睾丸も2つある(男のみ)。別に1つくらいなくても良さそうなものだが、見事にいずれの器官も冗長化されている。この確率1%が起こりうる現実世界で1億年生き残ってきた人間というシステム(つまり、脆くないシステム)は、冗長化をとても大切にしている。

別の視点で、個人は100年もすれば死んでしまうが、人間という種自体は、数千年は生き延びている(つまり、脆くない)。これは「人間という種」が60億もの(個々人からなる)冗長化を行っているからである。

この冗長化という言葉はいろいろと言い換えることができて、
  • オプション(対抗策)をかき集める
  • 構成単位を分割する(人間という種のように。一極集中は冗長化の正反対)
  • ある程度の変動を維持する※
というのは、ほとんど同じことを指している。

※効率化が突き詰められた全くブレ(=変動)のないシステムでは、冗長部分が全くないために確率1%が起こると一気に崩壊する。逆に言うと、普段からある程度の変動があるようにシステムを設計した方が、それが非常時に冗長として機能するので、望ましい。例えば、国家が経済の周期性(≒変動性)を無理に抑えようとするのは危ないことで、その歪みが必ずどこかで溜まって、一気に崩壊する。一般に、適度なストレスに晒されるようにしておかないと、(人間にしろシステムにしろ)脆くなる。

ここまでで述べてきた「脆くならない」方法は、『反脆弱性』の中では「頑健になる」方法という言葉で表現されている。実はこの先にもう1ステップ、「反脆くなる」方法というものもある。

「頑健になる」方法では、確率1%でいかに吹っ飛ばないようにするか、に主眼が置かれていた。「反脆くなる」方法では、確率1%でいかに得をするか(いかに反対側に吹っ飛ぶか)に主眼が置かれる。

しかし、だいぶ文章が長くなってしまったので、続きはまた次回の記事に。

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